歴史と聖堂内部
1882(明治15)年2月、パリ外国宣教会のマレン・ブレシ神父が大阪から高知に派遣されたました。
神父は、小高坂桜馬場に家を求めて最初の教会とし、宣教を開始しました。半年後には、小升形に土地を購入し、1883(明治16)年5月、須崎に住む青年に洗礼を授け、高知での最初のカトリック信徒が誕生しました。
1884(明治17)年には5名、翌年には27名が洗礼を受け、1886(明治19)年7月にはクーザン司教によって、20名の堅信式が行われました。
さらに、1888(明治21)年には25名が受洗しました。そのうちの一人である山本純志氏は、受洗後、横畠村清水(現高岡郡越知町)に帰り、熱心に宣教活動を行いましたが、19歳でその生涯を終えました。彼は、学校の裏の墓地に葬られました。その後この地には、ドミニコ会の聖堂が建設されましたが、1888(明治21)年3月に、信徒の増加にともない中島町に、新しい教会が建てられました。
1894(明治27)年、汐江山に土地が購入され、教会墓地が建てられました。
現在、中島町教会の横には高知聖母幼稚園、小聖堂があります。

2026年1月31日撮影